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2012/04/13

春の脇町うだつの町並みと炉ばたで熱燗

桜の季節、にし阿波は見所いっぱいです。まだまだ紹介ネタはいっぱいあるのですが、
美馬市の花情報はこちら→ 美馬市観光協会花情報
つるぎ町花情報はこちら→ つるぎ町花だより

花より団子という言葉もあるとおり、食欲に勝るものはなかなかありません。
花で目を楽しませ、心の安らぎを充分得た次は、お腹を満たすのも大事ですね。
今回は食の話題です。脇町千松へ。

脇町うだつの町並みにある藍蔵のそばには植物がたくさん植えられています。
先日訪れた時は、ヒカゲツツジが清楚な花をいっぱい咲かせていました。
春千松1

うだつの町並みも夕方となると人通りも無くなります。静かでいい雰囲気ですね。
阿波狸さんから教えていただいたのですが、司馬遼太郎著『街道をゆく』の連載で挿絵を担当された、須田剋太(すだ・こくた)さんが、脇町図書館や脇町の町並み、池田や祖谷などを描かれているのですね。
大阪府立現代美術センターのインターネット美術館特別企画展 須田剋太 挿絵原画展で絵が紹介されています。
→ インターネット美術館特別企画展
春千松2

その後、近くの炉ばた 千松へ。
春千松3

春と言えば、カツオ。
ニンニクを添えて、分厚いカツオにかぶりつくって、春らしくて大好きです。
少し肌寒い日、燗酒のあてに最高ですね。
春千松4

好物のしめ鯖。身の中心はまだ赤いような、塩の〆加減と、酢との絶妙のバランス。
口の中に入れると酢の味わいがし、かむと鯖の旨味が口の中に広がる、美味しいしめ鯖でした。
これまた燗酒にたまりません。
春千松5

千松特製コロッケもいただきました。
いっぱい食べたんですが、写真撮ったのは半分以下のこれくらいです。いつものことですが、食べたり飲んだりする時は、写真撮るの忘れてしまいます。食欲恐るべし。
春千松6
大きなお猪口でぐいぐいと、至福の時間を楽しみました。
食べたり飲んだりする処もたくさんあるにし阿波暮らし。きれいなものを見て美味しいものを食べるのも時にはいいですよね。

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コメント

非公開コメント

今日のコメントもかなり長いんで誤魔化しで二分割しました。
「阿波のよさは、ひょっとすると脇町に尽きるのではないか」という司馬遼太郎さんの文は脇町の人の文章によく引用されます。
先日もうだつの町並みを見学するにあたってまずは大谷川から出発しようと南橋まで出てくると、川向こうのパルシーの北隣の小さな広場に写真入でこの文章を紹介した案内板が立っていました。
司馬遼太郎という人はまことに人を褒めるのが上手な人で、こういわれて気分を害する脇町人はいないと思います。
正直なところ脇町以外に暮らす徳島県人の私なぞ「司馬さん、それはちょっと褒めすぎじゃない?」と思ったりしますが…。

うだつに関しても司馬さんは一編書いています。
うだつは中国から渡ってきたに違いないとの考えだった司馬さんは
中国江南を旅したさいガイド役の中国の文化人二人に挿絵を書いたりしてうだつのことを聞きます。
ところが二人ともうだつを知らない、わからないという。
そのうちバスの車窓からの風景にうだつを上げた建物が見えるではないか。
「あれは中国語で何といいますか」と聞くとガイドさんは「フォン・フー・チャン(風と火をふせぐもの)です」と答えた。
これはたいへん硬い言い方で一般的にはもっと使いやすい呼び方があるのだろうと司馬さんは推測しています。
しかし司馬さんの興味は「うだつは中国から渡ってきた」ことが確認できた段階で尽きたようで中国での一般的な呼び方までは言及されていません。
出所は「街道をゆく」中国・江南のみちの「『うだつ』と樋」の項です。

司馬さんのこの文章は江戸時代どこの町にもあった「うだつ」という建築様式に関する一般的な考察で「脇町」という地名はどこにも登場しません。
とはいえ脇町が最大のセールスポイントにしている「うだつ」の話です。
だのに脇町ではこちらの文章にはほとんど言及されていないようです。
例えば「司馬遼太郎氏に『うだつ』についてのこんな文章があります」と紹介したパンフレットとか、あるいは司馬さんの話に触発されて「『うだつ』は中国から渡ってきましたがその名前は日本でつけられたものです。発祥地の中国では○○と呼んでいます。」という案内板とかパンフレットがあってもよさそうです。
しかしそんな内容の案内板もパンフレットも寡聞にして私は知りません。

なお同じ項の最後に、むかしの大阪の「ウダツひとつで蔵三つ」ということわざを司馬さんは紹介しています。
が、司馬さんもその正確な意味がわからないという。
うだつを一つ屋根に設けることで蔵三つ分を類焼から防げるという意味か、まさかうだつひとつの設置が蔵三つ分に匹敵する工費だったわけではないだろうと司馬さんは面白く結んでいます。
これなどもうだつを紹介するパンフレットに使わせてもらえそうなことわざだと思うんですが…。

いかがです白うさぎさん、にし阿波圏人であるあなたから美馬市観光文化資料館に「司馬さんにはうだつに関するこんな記述もありますよ」と示唆されてみては。

Re: タイトルなし

阿波狸さんへ

司馬さんの文章など詳しくご教授くださりありがとうございます。
何らかの機会がありましたら、このような司馬さんの言葉などをPRに活かしてはと伝えることができればと思います。

大阪の「ウダツひとつで蔵三つ」ということわざ、よく似た話は脇町でも聞きます。うだつ一つが家一軒に相当すると。
最初は実用的な意味でつくられたものが、豪商の勢いが最高の頃は、それは装飾・美術の世界となったのかもしれませんね。うだつにいくらお金をかけたかがステイタスという。庶民の金銭感覚とはかけ離れた世界かも。
江戸時代は階級制度が厳しく、武士が歩くのを見下ろす二階建てが許されてなかったとか。脇町の町並みでは二階建ての建物は明治以降だそうです。

いろんな話題があるのも、そこに住む皆さんが自分たちが暮らす町並みを美しくしてきた努力のたまものですね。今も多くの方が暮らしてます。
なんの力もありませんが、応援したい気持ちがいっぱいです。