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2012/05/10

六地蔵峠 平家落人伝説が伝わる

先日つるぎ町半田から東みよし町の水の丸高原へ上がりましたが、立ち寄ったのが六地蔵峠。
六地蔵1

六体のかわいらしいお地蔵さんが並んでいます。
六地蔵2

六地蔵には平家伝説が伝わります。
源平の屋島の合戦に敗れ、祖谷に入った平家一族は、6人の人夫をやとって平家の財宝を輸送していたが、財宝を隠す場所を決め、埋蔵した後、秘密がもれることを恐れ、人夫を帰すときに後をつけ、峠で殺してしまった。後に祟りを恐れ、平家盛は峠に6つの地蔵を建て霊を弔ったと。
六地蔵3

大きな立石と石仏もあります。
六地蔵4

訪れた時には芝桜が咲いていました。
六地蔵5

周囲の山々を眺められる場所にあります。
六地蔵6
場所と動画はにし阿波お勧めビューポイントで見られます。→ にし阿波お勧めビューポイント
平家落人伝説がたくさん残るにし阿波暮らし。悲しい伝説とともにある、かわいらしいお地蔵さん。

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コメント

非公開コメント

またまたわき道にそれた話です。
かなり以前から「祖谷」を「いや」と読むことに疑問を感じていました。
「谷」を「や」と読むのは東日本で西日本に「谷」を「や」と読む地名はほとんどないと聞いていたからです。
「や」(あるいは「やつ」「やち」「やと」等)は山と山のはざまとかその湿地帯を指し示すアイヌ語が語源らしく東日本の地名に広く分布しています。
ひるがえって西日本の地名で「谷」→「や」の読みはまず見られません。
しかるになぜ徳島の山奥の「祖谷」の読みが「いや」なのかとの疑問です。
壇ノ浦から落ち延びてきた平家の残党がたまたま関東出身で「いや」の「や」に「谷」の字を当てたのか?なんて勝手な想像をしていたのです。

白うさぎさんのブログのかずら橋の絵葉書の写真に阿波名所図会の挿絵のコメントを載せるべく、ネットでその挿絵を紹介できないかといろいろあたっていて次のページを見つけました。
http://okwave.jp/qa/q805205.html#answer(この手の質問コーナーは回答が時系列ではなく上から新しい順ですので読むとき注意)
つまり「祖谷」はもともと二文字で「いや」と読むのではなく「祖」だけで「いや」と読んだ。
それに「谷」がくっついて「いやだに」になりいつしか二文字で「いや」になったという考え方です。
なるほど。
これならアイヌ語の「や」に関わらずに解釈が成り立ちます。
喉のつっかえがひとつ取れた気分です。

Re: タイトルなし

阿波狸さんへ

始まりがどうだったか、なかなか解明が難しいことなのでしょうね。
どなたか研究されてるかもしれませんが。
興味ありますね。

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