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2012/05/27

にし阿波の峠 相栗峠 美馬市脇町平帽子

にし阿波は山々が多く、その山を越えての交流が盛んであったことから、峠道が多くあります。峠には石造物や物語がたくさん残っています。
美馬市脇町平帽子の相栗峠を訪れました。
峠の向こうは香川県です。
相栗峠1

峠の徳島県側の道路より高くなったところに、相栗大師堂があります。
相栗峠2

信仰が続けられています。
相栗峠3

峠の脇町側には大きな常夜灯があります。民家のすぐそば。昔の里道沿いです。
峠について詳しく書かれている本があります。
峠の石造民俗 (財)徳島文化振興財団発行
一部紹介します。
相栗峠は標高570メートル。・・・
平帽子は、文治元年(1185年)に平家の落人藤原左近丞が土着した村である。・・・
この常夜灯は、金比羅参りに行けなかった老病人や子どもたちが、その祭日や正月に此処に集まってお参りすると、本宮を参詣したのと同じ御利益があると言って信仰したという。また、本宮参詣人や通行人が、この常夜灯に参拝していたとも言われている。・・・
相栗峠4

峠近くの民家ではイノシシが飼育されていました。大きいです。
相栗峠5

小さいのもいます。
相栗峠6

花もいろいろ育てられてるようです。きれいなバラが咲いていました。
相栗峠7
昔の人々はこの峠を越えて行き来していました。いろんな思いを抱きながら超えたのだと思います。
峠道がたくさん残るにし阿波暮らし。峠の石造物を見ると昔が蘇るような気がします。

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コメント

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織本屋の次は美馬橋を渡って美馬町へ。美馬商を左に見て鳴池線を右折。
私が一方的に存じ上げている脇町のご夫人がいまから半世紀ちかく前に京都の大学を出て徳島県立美馬商工高等学校に奉職されました。

当時の美馬商工(現・美馬商)は工業課程の校舎を貞光町に持っていました。
言うまでもなくそれが1967年に独立して今の貞光工業高等学校になっています。

まだ若かったご婦人は工業課程の学生への授業のために美馬町の校舎から美馬橋を渡って貞光町の校舎まで週に数回は歩いて通っておられたそうです。

当時美馬橋を、この高校の関係者は「日本一長い渡り廊下」と揶揄していたとか。
この橋を歩いて渡って学生への講義をしに行くのは、こりゃあ確かに長い。

今日5月27日は、詳しい本で調べてみたいことが溜まってきたんで4月11日以来久しぶりに県立図書館に行ってきました。
にし阿波のことも少し情報を仕入れてきましたよ。
まず白うさぎさんが5月26日に書いている脇町うだつの町並み吉田家住宅二階の「松屋小路の小豆洗い」という伝承民話の紹介パネル。
あの文章は國見慶英さんの「うだつの町脇町の狸凡百」(美馬市郷土双書①)平成17年3月1日発行の本の中の文章でした。

狸が小豆洗いの女性に化ける伝承は笠井新也著「阿波の狸の話」にも笠井藍水監修の「脇町誌」にも収録はされているんです。
が、「阿波の狸の話」では脇町ではなく名東郡の伝承になっていますし「脇町誌」ではたいへん短くしか書かれていません。

この小豆洗い狸の伝承、いろんな場所に伝わっているようです。
今、徳島新聞連載中の湯浅良幸先生の「阿波の民話」ではシチュエーションは違うものの
阿南市の伝承(725)http://www.topics.or.jp/special/122545497817/2009/01/2009_123112575377.html
徳島市の伝承(1589)http://www.topics.or.jp/special/122545497817/2011/05/2011_130680699657.html
として狸の小豆洗いの話が載っています。
どころか愛媛県の伝承にも小豆を洗う狸の話があるようです。
視覚だけで化かすのではなくシャリシャリと聴覚でも化かすところがスーパーマジシャン狸として引っ張りだこなんでしょうかねえ。

「うだつの町脇町の狸凡百」は國見慶英氏の数多い著作の中では暑さも1cm程度のソフトカバーの本で、分厚いハードカバークロス張りの大作と違い読者に気軽に読んでもらいたいと願っている本のようです。
しかしそれでも内容は適当に創作したものではありません。
土地の古老に聞いたり古文書や史料に当たったりしたうえで文章も何度も練り直して、手間暇かけて書き上げているはずです。

そんな著作の文章を丸写しで借りるのであればせめて出典の著作名と著者名をきっちり記するのが礼儀だろうと思います。
(白うさぎさんの写真では端が切れているだけで最後にちゃんと書かれているのであればごめんなさい。)

なんか自分の投稿コメントを読み返していて勘違いされそうにも思ったので書き加えておきます。

私が少し不愉快なのは國見慶英氏の文章をパネルに引用する段階で出典を明記していない人たちに対してです。
白うさぎさんがパネルの文章をブログに移して紹介した事を言っているんじゃないですよ。
白うさぎさんは國見慶英氏の自宅まで訪ねていって「美馬市の地名・その謎に挑む」を売ってもらった人です。
「白うさぎさんの写真では端が切れているだけで最後にちゃんと書かれているのであればごめんなさい」なんて結びましたが、パネルの文章が國見慶英氏のものとわかっていて、白うさぎさんが写真を撮るときとブログに書き写すときにその部分をカットしたとは考えられません。

Re: タイトルなし

阿波狸さんへ

小豆洗いの件ですが、それ私の写真の撮り方が悪いんです。
たしか、左下だったか、パネルの印刷面の外に、出典の本と著者が記されてたように思います。
文字を大きく撮ろうとして、その部分が切れてます。
失礼しました。今度行った時に確認して正確に書き足しておきます。

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