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2012/06/19

端四国八十八カ所 十一番別所堂

つるぎ町貞光別所にある十一番霊場別所堂。
別所堂1

お堂の隣には青石を使った常夜灯があります。
別所堂2

別所堂3

阿弥陀如来が本尊として祀られているようです。
別所堂4

石を彫った手水鉢もあります。
別所堂5

貞光川の西側にこのお堂があります。向かいには緑いっぱいの山が見えます。
別所堂6

貞光川側から見ると、真ん中の崖の上にこのお堂があります。
十二番は貞光川を渡ります。
別所堂7
端四国八十八カ所マップのおかげで訪問できました。
一番から十二番は貞光の町中を中心にあるので訪れやすいですね。


昔はお接待があったようで、その様子が、新編美馬郡郷土誌 編集笠井藍水(昭和30~32年調)にかかれていますので紹介します。昭和30年頃の様子だと思います。
視察記
旧三月二十一日にお参りも多くお接待があると云われるので、当日昼前から見学に行った。
貞光東浦の地蔵堂(二番)では三人の婦人がお接待に出ている。これは、十四、五軒連合で各自百円程度の菓子かアラレ、イリ豆など提供したものを半紙に包んでいたが、まだ参拝者が一人も来ない。それから一番の江ノ脇薬師へ行くと、三、四人の婦人がお接待に来ておる。此処では各人別々にするようで、一人はイモ団子をモロブタに一杯、一人は親イモ(里芋)の四つ切りを籠に一杯、もう一人は五円貨幣を一個わてくれる。私にも早速お接待をくれた。ここで二時間ほど座り込んでいたが数組の参拝が来ただけで案外さびしかった。それも大抵貞光の人であった。なお、夕方には万福寺の僧が来て護摩を焚くと云う。


端四国巡りはウオーキングにもいいにし阿波暮らし。

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コメント

非公開コメント

「石鉄山」というと思い出す文章があります。
司馬遼太郎さんの「街道をゆく」の「南伊予・西土佐の道」の「伊予と愛媛」の項です。
明治初年の1年ほど伊予の国の北半分に「石鉄県」という名が付けられていたらしいんです。
司馬さんは
「要するに愛媛県の北半分は『旧賊軍』ということで、粗暴な県令が任命され、額に『馬鹿』と烙印をおされたような県名をかぶせられた時期が、一年あまりもつづく。」
と書き「石鉄山」とはひどい命名だと言っています。
この文章は何年か前の読売新聞「編集手帳」でも取り上げられていました。

しかし――この文章を読んだとき私は「ええ?『石鉄県』ってそんなにひどい名前?」と素朴な疑問を抱きました。
伊予の修験道の聖地「石鎚山」は昔から石鉄山、石土山、石槌山などと書き記されてきています。(延喜式巻九・十の神名帳には「石鉄神社」が載っています。)
「石鉄県」は当然「いしづちけん」と読んで伊予にある西日本最高峰の石鎚山からその名前を取っていることは明らかです。
「石鉄県」が伊予人を小馬鹿にした名前とは思えません。
それ以後「石鉄山」の名を見るたびそのことを考えるんですが、私はどうしても「あの博覧強記の司馬遼太郎さんでも知らないことはあるんだな」という結論にしか行き着きません。
私は愛媛県と地続きの県に住み昔家族で何回か石鎚山のスキー場に遊びに行ったことがあるんでたまたま「石鉄=いしづち」の読み方を知っていたというだけで自慢するつもりではないんですが。

なお、先のコメント中の「編集手帳」の文章が見つかったんで全文引用させてもらいます。
著者は竹内政明氏、読売新聞2005年2月4日の「編集手帳」の文章です。


明治の初め、愛媛県は「石鉄県」という名前だった。読みはイシテツともセキテツともイシガネとも伝えられ、よく分からない。
ときの県令が民心一新のため、 松山県から改名した。「石」は名山・石鎚(いしづち)山の石としても「鉄」の典拠が不明である。武張った風を好んだ時代の、壮士気分の産物らしい。
司馬遼太郎さんは「街道をゆく14」(朝日文庫)に書いている。「愛媛県の北半分は『旧賊軍』ということで粗暴な県令が任命され、額に『馬鹿(ばか)』と烙印 (らくいん)をおされたような県名をかぶせられていた時期が、一年あまりもつづく」と。
“平成の大合併”で全国に新しい名称の自治体が生まれている。「民心一新」の掛け声と「時代の気分」に流され、地名が文化遺産の一つであることを忘れてはなるまい。
最近では、愛知県美浜町と南知多町の合併後の新市名が話題になった。両町の法定合併協議会で「南セントレア市」と決まった。今月十七日に開港する中部国際空港の愛称「セントレア」にちなむという。
先の司馬さんの著書に、伊予の人が旅人に告げるという「お道を」という言葉が紹介されていた。一路平安を祈る、の意味がある。その名前が人々に愛されるいい名前だと合併協議会が信じているならば、外野席の身はひと言、お気の毒…いや、「お道を」とつぶやくしかない。

Re: タイトルなし

阿波狸さんへ

司馬遼太郎さんがそのように書かれてるんですね。貴重な情報ありがとうございます。

昔は剣山をはじめ山岳信仰が盛んだったのでしょうね。

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