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2011/07/01

にし阿波の狸話 風呂ノ谷のお梅

にし阿波は、狸にまつわる話が多く伝わります。山が多く、奥深い谷には木々が茂り昼なお暗いところがあります。そこに古狸が住み化かされたという話です。(写真と物語は関係ありません。)
風呂ノ谷

注意喚起や教訓とともに、夜なべの艶話の要素もあって、老若男女で話題が広がりそうな話です。
長文ですが一読を。

風呂ノ谷のお梅
美馬郡穴吹町の山の手に風呂ノ谷という谷がある。流れる水は少ないが、谷は深くその上流は樹木がうっそうと生い茂って、昼でも気味の悪いところである。今ではその一部に人家も出来てそれほどでもないが、昔は風呂ノ谷と言えばすぐに化け物を思い出すほどで、めったに村人の近づかない所であった。そのころの話である。

村に吉平という中年の男があった。声が好くて、歌が上手で、殊に回り踊りの音頭はこの男の自慢で、また身上であった。それで毎年七月の踊り月になると村々から高い給金を出して引っ張りだこにするほどであった。

ある年の七月十五日、ちょうどうら盆の夜であった。村の庄屋の広庭で回り踊りが催された。大きなぼんぼりが幾つともなくともされ、変装した男女が輪になって手振り面白く踊る。中央には音頭台として立臼が据えられ、音頭出しはその上に立って、左手には傘を広げて持ち、右手には扇子を取って、頭を振り振り自慢の声を絞り出すのであった。

音頭出しは代わり代わって、最後に吉平が音頭台に上がった時は、時刻は既に夜半を過ぎていた。それでも踊り手は少しも減らなかった。しかして吉平ののどからほとばしり出る抑揚自在な節回しに酔わされて、夜の更けるのを忘れて踊り抜いた。またそこに見物として集まった老若男女も、今更のように吉平の音頭に感嘆の声を惜しまなかったのである。

ところがその翌朝になって、吉平の行方が分からなくなったという事が、村人の口から口に伝わって大騒ぎとなった。そこで村人は、いつも村に行方不明の者が出来た時にするように、手分けをして、鉦・太鼓をたたきながら近村数里の間を尋ね歩いたが、吉平を見出すことはもちろん、何の手がかりを得ることも出来なかった。
「よんべまで、あんだけ元気であった吉平じゃのに、行方が分からんとはどうしたんぞいのう。」と人々は首をひねった。
「これは何ぞ魔物につかれたんぞよ。」と一人がいった。
「そこじゃ。」と、その時まで黙って考えこんでいた老人がいった。「これあ魔物につかれたんに違いない。昔から歌が上手なために魔物にとりつかれたためしは多いけんのう。つまりよんべの吉平の音頭があんまれ好かったけに、魔物にねたまれたんに違いない。」

こういわれて見ると成る程そうだと人々は感じた。そして魔物と聞いた人々はすぐに風呂ノ谷を連想した。しかして更に想像をたくましゅうする人々は、風呂ノ谷の谷底に死がいになって横たわっている吉平の姿をまざまざと思い浮かべるのであった。
そこで、人々は鉦・太鼓を捨てて、今度は手に手に竹やり・こん棒などの武器を持って、大挙して風呂ノ谷へ押し寄せたのである。

昼さえ薄暗い風呂ノ谷の、路もない谷底を、あちらこちらに辿り辿って、およそ十町ばかりもさかのぼったかと思う時、先頭に進んでいた一組の若者は、はたと立ち止まった。立ち止まったも道理、前方の大きな岩の上を見ると、そこには吉平が一匹の古狸と差し向かいに座って、さもむつまじそうにささやき合っているではないか。と、狸は早くも村人の押し寄せたことを知ったと見えて、吉平に何やら耳打ちをしておいて、のそのそと奥の方へ立ち去った。すると吉平は、今まで操られていた糸が切れたように、ばったりとそこに倒れた。一同は大騒ぎをしながら駆け寄って、「吉平」「吉平」と呼んで見たが返事をしない。全く正気を失っている様子である。ともかくもここでは介抱も出来ないので、吉平を屈強な男に背負わせて、一同はそこを引き上げて帰った。

自分の家へ背負われて帰り、布団の上へ寝かされた後も、吉平はただ青ざめた顔色をして、ぐったりと横になったまま、女房のお貞が取りすがって泣くのにも一言の返事をも与えなかった。ところがその夜も次第に更けて、もはや夜半を過ぎたかと思う時、吉平は不意に起き上がった。女房のお貞は驚きながらも喜んで、
「まあお前はん、気がついたんで、しっかりしなはれよ。」といって取り付いたが、吉平はそれには目もくれず、しばらくきょとんとしていたが、今まで青ざめていた顔に赤みがさして来たかと思うと、だしぬけに、「お、お、お梅、お梅。」と叫んだ。そしてまたばったりと倒れた。お貞が再びすがりついた時には、吉平の呼吸はもはや絶えていたのである。

その翌日の村中は、どこへ行っても吉平の話ばかりであった。そしてこのなぞのような事件に対して、人々は思い思いの推量を試みるのであったが、結局はこういう解釈が多数の人々を満足させた。「吉平を誘かいしたのは、風呂ノ谷のお梅という古狸で、お梅は踊りのあった晩、若い女に化けて群衆の中に紛れ込んでいるうち吉平の声のよいのにほれこんで、踊りのすんだ後、言い寄って、風呂ノ谷へ引っ張って行ったのであろう。昔からよう怪と交わった者は三日の内に死ぬといわれているが、吉平も性の悪いばば狸にかかって、人間の精気を根こそぎ吸い取られてしまったので、あんなに衰弱して死んでしまったのであろう。その死に際に、急に起き上がってお梅、お梅と呼んだのは、お梅狸がまたやって来たので、人々の目にはかからなかったが、吉平の目にはそれが見えたのに違いない。」と。

この話は、明治の御維新よりもよほど前の事だというから、今からはもうかれこれ百年にも、あるいはそれ以上にもなるであるが、風呂ノ谷のお梅という名は昭和の今日でも、なお時々古老の口からもらされている。
(出典:穴吹町誌)

物語がいっぱいのにし阿波暮らし。
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